ワタシ活動!自分軸で生きていこう!

Noと言えない日本人代表のような私が自分軸で生きていこうと決意。日々の気づきや変化の記録。

感謝しなさい、有難いことなんだよ

4才の時に母が病気で亡くなりました。

 

薄ら、いくつかの一緒に過ごした記憶が

私にはあります。

妹は1才半くらいだったので

全く記憶がないそうです。

 

そのあと父に育ててもらいました。

再婚の紹介もあったようですが

継母というものが、どうしても嫌で

お父さんに再婚はして欲しくない

と小さい頃に言った記憶があります

 

もともと不器用で、とても真面目で

信心深い父でした

 

亡くなって何年たつかな

 

こどもたちも社会人になり結婚もして

いよいよ自由になれるね、というときに

国の指定になるような難病を患い

ゆっくりうごけなくなり

そして、亡くなりました。

 

小さい頃から

家族3人で生きていかなきゃいけない

周りに助けてもらえて有難い、感謝しなさい

不平はいけない、不満そうな顔をするな

など、厳しく躾けられました

 

小さい頃は、なにかいけないことをすると

お尻を叩かれて、謝っても泣いても

許してもらえなくて

なんだその目は、と

さらに怒られた記憶があります

 

今思えば、父も必死で慣れない子育てや

妻が亡くなったなかで、オムツとれたての

妹と私の面倒、大してできない料理を

なんとか頑張ってしてくれていたと思います

 

自分が親になると大変だとほんとに思います

 

父は父の信念で、母に託された私たちを育てるのに

必死でした

 

父も若い頃に父と母を亡くして

兄弟や周りの友人に助けてもらい

生きてきた人です

 

父は母のことを本当に好きでした

再婚しなかった理由の大きな1番は

それだとおもいます

 

とても純粋で真っ直ぐな人でした

 

お尻を叩かれて

いやだったので

子供にはそういうしつけは

一切しません

 

ときどき、わき起こる怒り?に対しては

軽めのデコピンしちゃいますが

恐怖でしつけるのは違うかなと

私は思っています

 

父が良く、感謝しなさい

有難いことなんだよと

教えてくれました

 

素直にそれを信じて

周りの人に感謝して

生きてきたと思います

 

ただ今日ふと食器をあらっているときに

気づいたんです

 

感謝できないようなことも

無理に、感謝しなければいけない

と思おうとしてきた、ということに

 

嫌だな、嫌いだなって何か人やものに

思ってる自分のことを

そんな風に思ってはいけないって

フタを小さい頃からしてきてたなと。。。

 

自分の子供を育てていて、子供たちにだって

苦手だったり、嫌いなものがあったりして

それって当たり前の感情なんだなって

気づかせてもらいました

 

感謝をすること自体の大切さは

父のおかげで身にとても染みていて

 

ただ、感謝っていうものが小さい頃は

良くわかってなかった

 

感謝って"する"のもだと思ってたけど

ちがうんだな

 

うまくいえないけど"湧いてくる"もんなんだなって

はたと気づきました

 

無意識で心から沸いてる時は

わぁー!ありがとう!!!ってなるのに

 

そうでも無い時は

ありがとうー!感謝しなきゃ!!って

なぞの義務感を感じていたのかもしれない

 

なんかこれって結構おおきな違いじゃ無いか?

わたし!!

 

ちょっと勘違いしちゃいけないのは

自分の好みじゃなければ、それに対して

感謝しなくていいっていう自分本位でいるという

ことではなくて

 

心から湧くような感謝を

感じ取れる感性をさらに磨いていこう、

ということ。

 

それに気づけたから

それっていつでもいまでもできることだなと

思いました

 

呼吸できていることだけも

究極に言うとじわっと

奇跡だし、感謝だなと思う

 

お父さんとお母さんに

もらった命を大切にしたいなと

思います

 

今日みた夕方の空

今日も綺麗だったな

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